私、人の命って誰にもどうこうできる権利ってないと思うんですよ。
その人にはその人の生き方があるし、
誰にも責任とれないじゃないですか。
結局はその人の人生何だし、その人の責任で、自由で、それでいいと思うんですよ。
だから、自殺を止める権利って誰にもないんじゃないかなって思うんですよ私は。
だって、その人の苦しみを取り除くことができるのはやっぱりその人しかいないんですよ。
だって、どれだけ伝えても、その人の実際の苦しみなんてその人しかわからないじゃないですか。
誰かの自殺を止めても、結局はエゴで、無責任な口出しにしかならなくないですか?
もっと言えば、それは自分の罪悪感とかをなくして自分を救ってたり、自分のエゴを押しつけてるにしかすぎないと思うんですよ。
例え、ある人が自殺するのを止めたとしても、ある人の苦しみは消えないわけで。
止めた人は人の命を救ったかもしれないけど、ある人の感情は救ったことにはならないんじゃないかって思います。
その後、再び自殺したくなったら、やっぱりまた止めるかもしれないけど、その人は苦しみがなくならなかった、もしくは再び発生したから自殺しようとするわけで、もう止めても聞かないような気がするんです。
私が何を言いたいかというと、苦しみを取り除けないならば、一生責任もってその人の面倒を見る気がないならば、軽い気持ちで中途半端に口出しするなってことです。
だって、その人はもう一度頑張ってみようと思って、自殺するのを止めたんですよ。
でも、もう一回また死にたくなったら、一回目よりも重い傷を負うと思うんです。
それって、かなりキツくないですか?
苦しみを伸ばして、余計に傷つくんですよ。
止めてくれた人は、助けてはくれなかったのに。
すごく、やるせないって言うか、切ないっていうか、もう止めた人を憎む気持ちにすらなるんじゃないかって思います。
もちろん、自殺を止めてくれた人に、感謝する人もいるかもしれない。
ただ、自殺を止めることって良い行為かもしれないけど、それ相応の覚悟は必要なんじゃないかって思います。
私はこんなこと書きましたけど、自殺を止めるなってことが言いたいんじゃないんです。
期待させて、突き落とす、突き放す、見捨てるぐらいなら最初っからほおっておけって言いたいんです。
つらいのは、結局どっちもになるじゃないですか。
私は、別に今死にたいと思っているわけではありません。
でも、もし私の命で誰かが助かるのならば、死ねるくらいには生きることに積極的ではないし、執着もないです。
だからこんなことを言えるのかもしれないし、もしかしたら、考えが変わるかもしれない。
でも、こういう気持ちを抱いていることは事実で、誰にも止めることのできないものだから、ここに書いておこうと思います。
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