※鬱。
何があったわけじゃない。
別になにもない。
でも、なんだか別に普段どうってことないことが起きて、
涙が流れるとしたら、それは多分もう我慢ができてない証拠なのでしょうか。
まだまだ頑張れる気がするのに、
何かが緩んでるのかな。
私は、私が嫌いです。
私と一緒にいて何が楽しいかわからないし、私といっしょにいてくれる人は
どうして私と一緒にいてくれるのかわからない。
私は、私といても楽しくない。
だから、多分、私の周りにいる人もきっとそうで、
それは私のせいだから、私は私を責めるべきであって、
その人を責めるのは違う。
だから多分、あの子が私と一緒に遊ぶのは楽しみではなくて、
タダの惰性なわけで、私はその惰性に甘えてはいけないと思うわけですよ。
別には私はそれでいいし、耐えられるし、きっとそれが一番よくて、
そうなるとそれは関係が切れるってことです。
私はそれで構いません。
あの子の幸せを願っているのは私だし、
あの子が楽しそうにしているのは知っています。
その世界を私が壊すのは違うし、私がいない方が幸せになれるのなら
私は潔く消えることができる自信があります。
さびしくないわけじゃないけど、
人といるのが煩わしい私ならば、それがちょうどいい罰なんじゃないかと思う。
人によって傷つけられるのが怖いなら近づかなければいい。
近づかないということは、人とふれあえない、楽しめないということです。
私は、臆病であることを知っています。
精一杯強がっています。
大丈夫であると、いいきかせてます。
それは半分本当です。
私は大丈夫だし、私は今、それなりに幸せです。
これ以上望むのは罰があたるでしょうか。
ああ、皮肉にも、望みは、たった一つでしかないのでしょうか。
もう、あの子のことを考える時間は減っています。
ヘタしたら、もう違う子のことの方がよく思い出してるかもしれない。
でも、やっぱり一度執着したものは、
私はなかなか待遇が違うようです。
なかなか手離せなくて、如何すればいいか迷ってる私がいます。
でも、これでいい。
この、少し離れた距離が、普通のことだと思い知れば、それは普通だ。
今までがおかしいと思えば、別に変じゃない。
私は今まで通りだし、別になにも変わることもない。
私はそれでいい。
変化が怖い?
当たり前だ。
だから、どうか、決定的な何かがなければ、
私はそれで構わないの。
自然消滅は嫌だとあの子がいった。
でも、それは、私とは違うよ。
0 件のコメント:
コメントを投稿